日々の嬉しいこと探し

5歳2歳0歳の3姉妹子育て日記

私は未来を生きてない


最近、心地よいことに素直になろうとしている。



最近まったくテレビやらニュースやら見ていない。(わざとじゃない)



毎日、幼稚園のママさんと子供たちとシンプルにその瞬間あったことを笑って、話して過ごす。


人からの目がなくて、
人から意見される(してもらえる)こともなくて、
今はとりとめてなにかに対して不満とか不安とかないからこれどうにかならんのかいな、と憤ったりすることもない。


それはもしかしたら刺激がなくてつまらない人生なのかもしれないけれど、


そういう超平穏な状況にいる時、
ふと見えたものがある。



わたしは今まで、
未来を生きて、過去を生きてきたのかもしれない。


今、これをしてないと将来、こうなったら嫌だから、こうしとこうとか、


なんで、こうなるかもってことに危機感抱いてないのかしらって同僚を見つめていたりとか


人にこう思われたくないからこうしよう、


将来、子供にこう思われたくないから、こうしときたい。


もし、こうなってしまったら、、


前みたいなあんなことになったら、、


みたいなこと。

 

自分なりに勉強したり、
過去の経験なりから、将来に対して策を練ろうというのは悪くないことだと思うし、仕事だとか場合によってはそれは大事な要素だし、
夢に向かって行動すること、それはすごく素敵だ。



でも、私の場合は、

『かもしれないから不安』
もはや
『絶対こうなっちゃうから、こうすべき』
とすら決めつけている比重が、
大きかったと思う。



だから、
なにが自分がなにをしていたら本当に心地よいのかっていうのが今、あまりわからない。


打ち込んだ覚えはあるし、
それが好きだったのか、と問われると、
やっぱり好きだったのかもしれないし幸せだったのかもしれないし、
よくよく思い出してみると、誰かを、なにかを守りたくて、好き以外のなにかがそうさせたのかもしれない、
とも思う。



最近仲良くなった幼稚園のママさんたちは超絶明るい。


子供のちょっとしたアレコレに、とにかく笑ってるように見える。


同じお迎えの時間だと働いていないパターンのママも多くて、
前の保育園だとかの、閉園ギリギリの18時みたいなのに比べると、
ダッシュ感はゼロで
ゆる〜い、コーヒーのドリップがおわりかけみたいな時間がコポコポと流れている。

(昔の、あれはあれで楽しかったし、エネルギッシュなママ同士の関係ってすごく好きだった)



先生から、
「今日、〇〇ちゃんお昼寝なかなかできなくて、寝てません」


ママたち、どっか〜ん(大爆笑)


わっはっはっは〜ww
盛り上がっちゃった?!
わっはっはっは〜ww


子供がなにかするたびに、どっか〜んと笑っている。



そうか、そこ笑うとこなんや!


というか、
このかわいい、いたづらでやんちゃで不安定な時期、、

全てほほえましくて、
全て笑える時期なのかも。ときづかされるw




わたしはあの頃は"両立"するのに必死で、
仕事であったアレコレからも切り替えができてなくて、
仕事をおえて電車でへとへと帰ってきてやっとあえたかわいい娘を、
夕飯のことを考えたり、明日のことを考えたりして、


その時々の合間で、将来に対しても、もやもやしたり、不安をかかえたりしていて、


いつも心ここにあらずだったのかもしれない。


動画をみると楽しそうに過ごしているけど、
ブログや日記も書いていなかったし、
あの頃わたしはなにを思いながら、
子供にどんな思いで、その瞬間を過ごしていたんだろうか。


1歳半のめいちゃんと過ごしていて、
最近、よく思うことがある。


かわいすぎてかわいすぎて、悶える。


くっそ〜、なにをしてもかわいい。
泣き喚こうが、癇癪起こして治らなかろうが、
うんこさわろうが、

その泣き顔、怒り顔すらかわいすぎて悶える。



みきちゃんの1歳半の時って、
こんなんだったんだっけ?


覚えてないだけなのか、
それとも私は、そのかわいい瞬間を満喫できてなかったんじゃなかろうか。



そういうことを思う。



だから冒頭の
『最近、心地よいことに素直になろうとしている。』
に戻るのだけど、


時間がある今だからこそ将来のためになにかしなくてはっ!何もない自分におさらば!!
と躍起になっていた自分を捨てて、



一瞬一瞬を楽しもうと決めた。



これは、堂々巡りかもしれない、



将来、それが正解か間違いかなんてわからない。


でも、今は戻らないさ。


その時、あぁ〜あの時あぁしてればなっと思う時があれば、
その時なにか、どうにかすればいいさ。



好き、楽しい、これがやりたい!に素直になるんだ(^-^)!