3姉妹子育てとホテルウーマン、ときどき畑

7.4.2才の3姉妹との日々とホテルウーマン、自然農の家庭菜園など♪

人生とは、、

昨日は2つのことがあった日。


ひとつ目は、
かねてより予約をしていた公演『0才からの音楽会』というものにいったこと。


泣いても大丈夫!動いてもok!
赤ちゃんも一緒に楽しめるコンサートで、
ピアノのクラシックな曲をメインにたくさんの楽器も登場!


出来立てほやほやの野口遵記念館(旭化成創始者)、
600人規模の大きな会場。


5才長女が最前列を希望したので、ちょっと早めに行ってお席をget!


映画館みたいなイス、
だんだんになった広い会場、
その雰囲気だけでもうワクワク。


泣いても大丈夫!ってあらかじめ言ってもらえると親がリラックスしてるからか、
なぜか泣かない赤ちゃん。笑


うん、泣いてる赤ちゃん1人もいなかったかも!笑


公演はものすごく子どもたちが楽しめるように練られていて、
とってもとっても、満たされたものでした。


最前列は、メリットデメリットあるでしょうが、
やはり私は大好き。


表情、息づかい、作り出されるエネルギー全てをそこに感じることができて、
その熱い思いに手が届きそうで心がギュッとなるから。


ピアノ演者&進行の、たむらみどりさんも、

FM日向ラジオパーソナリティのNi-naさんも、

日向市民吹奏楽団の皆さんにも、

優しい人隣を感じて、
ますます宮崎という地が好きになりました。


楽しい、喜ばせたい!むしろ演奏している自分たちが喜んでいる、
そんなことが表情からひしと伝わってくるその感じ。



どうやって何を思いながら過ごすのか=人生



この1日の舞台のために、
たくさんの時間が費やされたのだろうな。


それは、この方たちが大切にしていることで、
人生そのもの。


素敵だなぁ。


あの人は、楽器で
あの人は、声で、
あの人は、企画をする人、、

この建物ひとつを見上げても、
木材を切る人、
建築をする人、
建てる人、、、


きっともっと他にもあるね。


それぞれの光るものでつくりあげられたその時間、その人生。



私もふと、私の人生ってなんぞやって考えた。


何に魅いだされ、何にその魂を光らせているのだろう。



やはり一番に思いつくのは、
母親としての私。



なんだかんだ言ってその人生の大きな部分を占めていたホテルでの仕事。


駆け抜けてきた過去も、
駆け抜けている今も、
 

私の生き様。



心奪われるものとともに、
人生かけぬけていきたいねー!!


そんなことを考えていたか、
考えていなかったかは、わからないけども、


ちょっとハイな感じで心が動かされて帰路についた時、


元同僚から、
ホテル時代に私がお世話になった先輩の訃報が届いた。


そういう時、
え?は?


もう、それだけ。


それからやっと、
どういうこと?

頭が動きだす。


昨日まで生きていて、
今もう生きていないことを知ると、
戻れない昨日にどうやったって手が届かないことに何とも言えない気持ちになる。



病院のベッドの上でその意識が遠退く時、
どんな気持ちで生涯を終えたのだろうか。


そんなことも考える。


2021年を最後に私が返していないLINEで時を止めている。


毎年くれていたお誕生日おめでとうLINEに、返せていないし、
去年は来なかったことにきづかなかった。


きくと11月から入院されていたのとのこと。


私がホテル入社してから11年、思えばずっと一緒の部署で、
お互いの人間の未熟さをぶつけあった。


飯塚の前に田川に住んでいた時には、
1時間に1本しかない夜の後藤寺線ののりかえ待ちで、一緒に帰った。


私のプライドの高さをよく笑っていた。


宿泊予約では、一緒に"赤ちゃんプラン"を作って、

これはどうか、
と連絡をとりあった日々。

1件売れた!
寝相シート持ち帰られちゃった(ノ_・。)
アンケートがきた!
めちゃくちゃ売れてるよ!


逐一一緒に喜んだ。


私が宿泊部を退職する予定だった日、
挨拶まわりにいった経理部で週2.3でいいから一緒に働かないかと言われた私は、違った畑も楽しそうだとそれに乗って、


退職を引き留めてくれていた宿泊部の長をはじめ、宿泊部のみんなの思いを踏みにじった感じになってしまったのだけど、


その時、その人は言った。

「本当にお疲れ様!
私には気を使わなくいいですよ!
貴女が選択して、選んだことなので胸を張って出勤して下さい。
まぁ、いろいろ思ってる人はいるかもしれないけど、
正義と真実は人の数だけあると思ってますので気にせず頑張って下さい。
追伸こちらこそ今後とも宜しくお願いします。」



私が選んで決めたことだから、胸を張って。

正義と真実は人の数だけある。


その言葉に救われたのを思い出した。


せめてお正月に、明けましておめでとうでも送っていれば、
私の気持ちは違ったかな。



急に、祖母の顔を思い出す。
すぐに連絡を取る。


来月90才になる、私を育ててくれた祖母。


電話では耳がほとんどきこえないから出ないかなと思いつつ、やっぱり出ない。


離れて暮らし、自分が充実した生活を見つけ出すと、
そのありがたい忙しさに、

つい、大切にしてくれていたその人たちを忘れがちになる。


祖母のことを思う。
シングルで昼夜働いていた私の母に代わり、そばにいてくれた祖母の人生は、
孫の私たちが大部分をしめていただろう。


母を思う。
私たちを生かすことが母の人生の大部分をしめていただろう。


日頃LINEでの文字のやり取りで業務連絡っぽいことばかりだけど、
久々に話したいな。


そんなふうに思ったのに、
また夜の日常で忘れて、

寝る間際に、
母に電話!と思い出した。


繋がった。
LINEで孫たちの顔を見せながら。


子どもたちのわちゃわちゃでろくには話せなかったが、
それでも良い。





今送っても既読はつかないんだろうな、
先輩がくれた、

おめでとう(#^.^#) の文字と、
2021年10月22日(金)という、
だいぶ昔に過ぎさった日付をぼんやりと見つめてそう思う。



気張らなくてもいいから、
完璧でなくてもいいから、
時々、
あの人は元気かな、
大切な人たちのことを思ってそれを形にする時間を。



新しいものに出会い、浮き足立ち、魅了されるものに没頭し、日々は慌ただしく過ぎながらも、

変わらずそばにいてあたたかくしてくれるものを、

忘れずにありたいな。




...


なんて、
そうやって思ってみたのだけども、、


きっと人生は突拍子もなく色んなことが起きて、
悔いたり嘆いたりすることは避けられなくて、

心づもりをしていたって悲しいものは悲しくて、

いつか光をみいだしたり、
楽しみや喜びを見つけにいったり、
誰かの言葉で救われたり、
時間でしか解決できないこともあったり、
そんなことの繰り返しで、


きっとこれからも、
いろんな感情とともに、
手を差し伸べたり、
手を差し伸べてもらったりしながら、

そうやって生きていくのだろうな。



わからないけど。



そんなことを思った昨日。