日々の嬉しいこと探し

5歳2歳0歳の3姉妹子育て日記

藤原ひろのぶさんに会いに②

〜藤原ひろのぶさんに会いに①の続き〜


ずっと前にかったイヤリングをやっとしてみた。


旦那さんと二人は久々中の久々だ。



講演会場は、
思ったより大きく、
130人くらいはいた。


子連れもたくさん。



この延岡という小さい田舎町に、
彼を知って、彼の話をききにくる人々がこんなにもいることに驚いた。



休憩中のお手洗いで、スイミングで一緒の超絶美人ママさんとバッタリ。


きけば、自然食品の店においてあった彼の本を見て、彼を知ってインスタライブなども見てるとのこと。


自然食品!
私も好きなんだが!!と
一気に親近感が増しつつ、

なにかのご縁だろうか、、
とついかんじてしまう私なのでした。笑



講演会の結果からいうと、


私はだいぶ笑っていました。



クールな旦那氏も時々、ニヤッとしていました。笑



そして、だいぶ、涙を流しました。



彼が4児の父親なのだということも、

農業に関した事業を起こすも失敗に終わったことも、

彼が長い間、現在に至るまでも、現地に向きバングラディッシュの子供たちに食事を提供していることも、


ひとつの事象を見て全体がそうだと鵜呑みにせず、
しかし、それは間違いなくひとつの事実だと。
そうやって、常に自分たちがおかれている状況について調べ対極にある考えをはなから批判することなく自分の意見を持っていることも、



栄養が足りず歩くこともままならないけれども必死に、楽しく生きる子供たちにそんなにも優しい目を向ける人なのだということも、


彼らのために、学びの施設を建設中だということも、


こんなに面白い人なんだということも、


彼にはただただ伝えたいことと、
伝えたい動機があるのだということも。



私はその講演会で初めてしります。



この場にこれて、良かったと心から思います。



私たちが飲んでいるコーヒーは。
私たちが食べているチョコレートは。
私たちが着ているこの服は。



もしかしたら、
世界の裏側で、まだ小さな子供たちが危険を背に、生活を守るために自分に使うこともなく、
日本の感覚ではありえない金額で働いて、できたものかもしれない。


私たち日本人が廃棄する食料の量は、

食事ができなくて亡くなっていくような環境の方たちにあつまった支援された食料の倍の量だという、ひとつの事実。


私たちが望んで選択しているものは、世界の裏側の子供たちの生活につながっている。



つながりを知ること。


わけあうこと。


大人は、
なんの行動なしに、できない、仕方ない、という姿を子供たちに見せすぎてはいないか。


私たちが選択している行動は、メディアの発信と政治とイコールだ。



自分と対極にあるものを敵だとみなしても、解決にはならない。



考えずに、従うことを良きとしていないか。


体裁、世間体、
その天秤の向こう側は。



彼がいうことは、シンプルだ。


***


たとえば、

綺麗な山、散々に命が失われた山。
綺麗な海、ゴミだらけの変わりゆく海。



一匹の北極グマが痩せ細って、食べ物を求めてドラム缶に首を入れて餌ではないものをくわえている。
それは事実だけれど、
どの北極グマもそうかはわからない。
実際に北極グマが増えているデータもある。


とりだたされる温暖化の問題にたいして、関係しているかなんて、実際のところ、わからない。


でも、どちらがいいか。


綺麗な山が、いい。
綺麗な海が、いい。


私たちの生活の末端にあるものたちに命の尊厳を。




誰もが、幸せになりたいと思っている。


 
****



私たちは、バングラデッシュに建設中の学校のための、寄付を捻出した。


おかげで旦那さんと私の財布はすっからかんになり、
パーキングの代金を二人の小銭集めてギリギリあと50円で足りないところだった。


(本も買えなかったからお小遣いがたまったらAmazonで買いたい😂)


寄付した方の名前は、施設に刻
んでもらえるらしい。


彼は、その名前が多ければ多いほど、
ここで生きるひとたちをたくさんの人たちが応援している、
そういう形として残せる、
というようなことを言っていた気がする。



それが私たちは、嬉しかったのだ。



ここに来た。
私たちが、思い、ここに生きた形を刻んでもらえる。



それが遠い世界の誰かにつたわる。



それが残るということをとても嬉しく感じたのだ。



人生のこと、
仕事のこと、
子育てのこと、



たくさんのヒントがあった。




食べ物にも、買うものにも、
なんだか重みが出る。



いや、重みなんてもたなくていいのかもしれないけれど。笑


つながっていることを知る。


それだけでもいいのだと思う。



でも、我が家の子供たちに、改めて、
心をこめて



いただきます。



という姿勢を見せることが、
少しだけできた気がするのです。




夜、私たち夫婦は、日頃のもんもんとしたことを話した。



珍しく長い時間かけて。


お互いがもんもんとしていることは同じだった。


話した結果として、
お互いにありがたいと思っているのなら、


お互いにまず、ありがとうって、
もっともっと言おう。


というごくごくシンプルなことを話した。



でも、私たち、これができてなかったんだ。




そんなことを話して、
私たちの生活をまた、実りある幸せなものとして出発させるのだ^ - ^